病態水準
病態水準とは、精神分析家であるオットー・カーンバーグによって提唱された概念であり、精神疾患の重さを「神経症水準」「境界例水準」「精神病水準」の3つに分けて考えます。
カーンバーグが病態水準の概念を提唱する以前は、「神経症水準」と「精神病水準」の2つに分けて考えられていましたが、カーンバーグによって「境界例水準」という概念が設けられたことにより、精神疾患のレベルを連続線上で捉えられるようになりました。
このような精神疾患における病態水準の把握は、こころを扱う領域では特に重要とされています。
カウンセリングなど、適切な支援や治療を行なっていくためには、その人のこころのメカニズムや構造がどういった状態であるか、精神疾患の重さはどのレベルであるかの理解は必要不可欠といえます。
カーンバーグの病態水準について
カーンバーグの病態水準は「現実検討力(想像と現実を区別し、現実を正しく把握し判断する力)」と「同一性の統合度(自我を一貫して保ち、自分と他人を区別する力)」、「防衛機制(不安に対する対処の在り方)」の3つの側面がどういった水準で機能しているかによって、精神疾患の重さのレベルを捉えます。
精神疾患の重さの段階としては、比較的軽症に位置する「神経症水準」に加えて、軽症とは言えないが重篤とまではいかない部分を「境界例水準」、重篤である「精神病水準」の3種類に分けられ、後者になるにつれて疾患のレベルが重いと判断します。
神経症水準
神経症水準は、病理としては比較的軽度と分類されます。
それでも、さまざまな精神症状は呈しますが、「現実検討力」や「同一性の統合度」は比較的保たれているため、自分と他人との区別に加えて、想像と現実の区別もついており、現実をしっかりと把握することができます。
比較的高次の防衛機制(抑圧など)を用いるため、葛藤が生じても自分のこころの中で対処でき、職場や学校など社会に適応できている部分は大きいといえます。
境界例水準
境界例水準では、「現実検討力」は比較的保たれているため、想像と現実の区別はついていますが、精神的な負荷がかかると現実検討力が低下してしまい、一時的に精神病水準のような状態に陥ってしまうなどの不安定さがあります。
「同一性の統合度」は不安定で、自分と他人との区別があいまいになりやすく、防衛機制も病的な防衛機制(分裂や投影同一視など)を使用するため、自分の中だけでは葛藤を抱えられなかったり、葛藤や不安を行動化によって解消しようとしたりすることが多いといえます。
それにより、対人トラブルも抱えやすくなります。
精神病水準
精神病水準においては、病理としては重篤な状態といえます。
「現実検討力」は非常に弱く、「同一性の統合度」も不安定であるため、想像と現実との区別に加えて、自分と他人との区別がつかず、精神的に非常に混乱した状態といえます。
防衛機制も病的な防衛機制(分裂や投影同一視など)を使用し、自分の中で葛藤を抱えることもできません。
ですので、不安や葛藤は自分の中から外へと排出され、妄想や幻覚となって現れることになります。
心理査定から見る病態水準
精神科病院などでは病態水準を把握するために心理検査を行なうことがあります。
その中でも、投影法の1つとされるロールシャッハ・テストがよく用いられています。
ロールシャッハ・テストとは、スイスの精神科医であるヘルマン・ロールシャッハによって考案された心理検査であり、インクのしみが描かれた10枚のカードを見て、何に見えるかを自由に連想させ、それぞれのカードのどこに、何を、どのようにして知覚するかを分析し、その人のものの知覚の仕方や、パーソナリティの特徴、不安への対処の仕方などから、病態水準などを把握することができます。
その結果から得られた情報をもとに、クライエントのパーソナリティや病態水準の理解が深まることで、カウンセリングや治療に役立つことが多くあります。
病態水準と診断
このようにしてセラピストは、クライエントの病態水準を見立て、カウンセリングや治療に役立てていくこととなりますが、今日、精神科で行なわれている診断や病名と、カーンバーグの病態水準は必ずしも同じではありません。
精神科での診断は主に、アメリカ精神医学会によって作成されているDSM(精神障害の診断・統計マニュアル)もしくは、精神保健機関が定めたICD(国際疾病分類)の基準に基づいて診断されています。
DSMやICDは基準に当てはめて診断するため、当事者や第3者から見て分かりやすい指標ですが、その分、個々人のパーソナリティに関わるさまざまな情報が省かれ、その基準からでは捉えられない特徴が見落とされてしまうこともあります。
その一方、カーンバーグが提唱した病態水準では、無意識の動きを含めて個々人のパーソナリティや病理を把握することになるため、その人らしさを丁寧に捉えていくことができます。